批判的思考とPISA型読解力

ある方に,批判的思考とは「テキストの吟味と理解」とどこが違うのですか?と質問されました(テキストを吟味し理解することは,PISA型読解力が目指すことと同じと思いましたので,そのように表題をつけました)。

これに対しては,「大差ないものとして考えている人もいるし,もう少し幅広く考えている人もいる」といえるかと思います。

批判的思考界の大御所といえばエニスですが,彼は1960年代には批判的思考を「命題を正しく評価すること」と定義していました。これは「テキストの吟味と理解」とほぼ同じですよね。

しかしエニスは1980年代に入り,かつての自分の定義が狭すぎたと反省し,「何を信じ何を行うかの決定に焦点を当てた,合理的で省察的な思考」と改めています。新しい定義では,「何を行うか」が加わっており,「テキスト(命題)の吟味と理解」以外の活動もターゲットとなっています。この変更には,McPeckに「命題」以外にも批判的思考が行われる対象はあるだろう(山登りやチェスなど),と批判されたことなどが元になっているようです。それ以外にも,「評価」だけじゃないでしょ,なんてことも言われて,問題解決・意思決定的な側面も含まれるようになっています。

とはいえ,エニスにせよ他の研究者(特に心理学者など実証的なデータを取ろうとする研究者)にせよ,実際に扱うときには,ほとんどが「テキストの吟味と理解」(命題の正しい評価)の範囲で批判的思考を扱っていますので,大差ないといえば大差ない感じがします。

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これは要するに,批判的思考という同一の語を使いつつも,それが指し示す内容が拡大してきた,という話ですが,その逆に,同じような内容を念頭に置きつつも,用いられる語が変化しているケースもあります。

というのはデューイの話なのですが,彼は,1910年に出版した"How we think"では批判的/無批判的という語を使っていました。1933年の改訂版ではそれらの語が消えて「反省的思考」を使うようになりました。しかしさらに1938年以降は,省察的思考ではなく「探究」(inquiry)という語を用いるようになりました。

とはいえ,どれも指している内容に大差があるようには見えません(ある研究者は,探究という語のほうが,省察的思考という語よりも客観的でより広い意味を包含すると考えたからであろう,と考察していますが)。

なお,PsycINFOで検索すると,reflective thinkingよりもcritical thinkingのほうが10倍以上多く使われています。

こういったことから考えるに,これらの語は,指し示す「内容」の違いで使い分けられているというよりも,人々に強くアピールする語がよく使われるようになっており,それが現在は「批判的思考」のようだ,ということではないかと思います(そのうちそれは,「PISA型読解力」に取って代わられるかもしれませんね)。

私自身は,似たような研究を探しやすい/探されやすいので,とりあえず「批判的思考」という言葉を旗印として使っていますが,少なくとも学部教育では,この言葉は使っていません(考える力,思考力育成,という言い方で何の不自由もありませんし)。