堀栄三氏(大本営陸軍部参謀)

 堀氏は第二次世界大戦当時,大本営陸軍部の参謀として情報業務に携わっていた軍人です。第二次世界大戦時の日本軍というと,視野が狭く,立ち止まって戦争の目的や方法を省みることもせず,自分に都合の悪い情報は無視し,あるいは批判的な人間を解任や左遷し,国民に思考放棄を強いることで突き進んでいったわけですが*1,そういう人間ばかりしかいなかったわけではなく,クリティカル・シンキングをしていた人もいたようです。その一人が堀氏です*2

 堀氏はあるとき,航空戦のパイロットが不適切な戦果報告をしているのを見破ったことがあります。それは,戦果が目視しにくい夜戦だったこともありますし,パイロットに「どうして轟沈だとわかったか?」などと確認すると,根拠があいまいだったこともあります。そこで堀氏は,戦果は五分の一以下ではないかと考えました。実際には十分の一以下でしたが,堀氏の報告は受け入れられることなく,パイロットたちの自己報告が鵜呑みにされ,それを元に次の作戦を行ったところ,轟沈されたはずの空母が多数おり,日本軍は大損害をこうむったそうです。

 堀氏がいうには,情報業務はまず疑ってかからねば駄目で,ひとつの情報を絶対視することなく,他の情報との関連を考えることで真偽を見分ける必要があります。それは要するに情報の「ウラ」を取るということで,ごく当たり前のことのようにも思えますが,先にも述べたように,組織の風土が,都合の悪い情報は見ないようにしようとするものになってしまうと,せっかく誰かがクリティカル・シンキングを行ったとしても,それはまったく生かされません。

 堀氏の事例を見ると,ある人が合理的な(クリティカルな)判断をしたからといって,それを他の人が納得するとは限らないということがよくわかります。

*1:保阪正康 (2005) あの戦争は何だったのか─大人のための歴史教科書 新潮新書

*2:堀栄三 (1996) 大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 文春文庫