ロジカルシンキングと論理学(4)〜ロジックツリーの論理性

前回考えたことを元に,ビジネス系ロジシンについて考えてみたいと思います。前回たどり着いた結論はこうでした。

  • MECE=論理的」ではない。MECEは選言三段論法の前提(その1)にすぎない。
  • 「ME-CE」のすべてが必要なわけではない。必須なのは「モレなく」のみ。
  • MECEの「論理性」には2つの意味が込められている。一つは選言三段論法の一要素として,もう一つは論理的分割(「A,またはAでない」)に近似したものとして。

これと関連させていうならば,今日の問いは,「ビジネス系ロジシンは選言三段論法を目指しているのか?」ということになるかと思います。適当な言い方かどうかはわかりませんが。

これについては,明確にこうだ,という考えには至っていません。ただ,ひょっとしたらちょっと違うかも,と思っています。その「違うかも」と思う部分を以下に述べていきます。

その理由を,「原因究明」*1と「解決策策定」*2のそれぞれについて述べていきましょう*3。なお,ビジネス系ロジシンの具体例として主に念頭に置いているのは,前々回に引用した,『世界一やさしい問題解決の授業』(渡辺, 2007)の例です。

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まずは「原因究明」です。「中学生バンドに観客が集まらないのはなぜか」という原因究明のプロセスが選言三段論法と違うように感じるのは,次の点です。

  1. 消去法(「pでない」)だけが使われているわけではない
  2. 結論が一つに絞り込まれているわけではない

結局このときの原因究明プロセスでなされていることは,「pかpでないか」を明らかにすることではなく,「pが原因でコンサートに来なかった人がどのぐらいいるか」という割合の割り出しだったわけです。
世の中,単一の原因で起きていることというのは少ないでしょうから,複数の原因がありうるし,それぞれがどの程度結果の生起に寄与しているか,という割合の話になるのでしょうが,それだと,選言三段論法の守備範囲ではない感じがします(選言三段論法の結論として「pまたはq」というのはあるでしょうが,「pかつq」というのはなさそうですし)。

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続いて「解決策策定」についてです。そのプロセスが選言三段論法と違うように感じるのは,次の点です。

  1. 消去法(「pでない」)だけが使われているわけではない
  2. 結論が一つに絞り込まれているわけではない
  3. MECEが必須なわけではない

1番目と2番目は先ほどと同じなので省略しますが,3番目は,解決策策定に特有の問題です。

原因を考える上では,あらゆる可能性を考えないと見落としが生じるので,「モレ」がないことは必須です。しかし,解決策を策定するに当たっては,モレなく,あらゆる解決策を考える必要はないでしょう。もちろん,考える幅が広ければ広いほど,「より良い」解決策が生まれる可能性は上がるでしょうが,しかしそれは,相対的なレベルの高さ(より良さ)の程度の違いであって,どの高さならOKでどの高さならNG,という区別があるわけではありません(その点,「原因究明」に関しては,「よりよい原因」であればいいということはなく,「それが原因となっているかなっていないか」という区別があるので,モレがないことは必須になります)。
その意味では,解決策策定の1段目として「考えられる解決策を幅広く洗い出す」ためには,MECEである必要はまったくなく,単なるブレインストーミングのようなものでも構わないはずです。私の考えではこれは,「原因探索のロジックツリー」という形を,解決策探索に援用しただけで,そこに「論理」は特にないと考えるのが自然だと思います。

ということで,十分に吟味ができているわけではないのですが,とりあえずの結論をまとめるとこうなるでしょうか。

  • 「ビジネス系ロジシンは選言三段論法を目指しているのか?」という問いへの答えとしては,「原因探索に関しては,方向性としてはYES。解決策策定に関してはNO」。
  • 原因探索のために行われているのは,選言三段論法そのものではなく,その発展形のようなもの
  • 解決策探索は,選言三段論法とはまったく異なるプロセス。それをロジックツリーと呼ぶのは,「原因探索のためのロジックツリー」の「形」を解決策探索に援用しただけで,「ロジック」という語に意味はない。

2番目に関しては,ブレインストーミングを少しシステマティックにしたものなので,内容に即したネーミングをするならば「システマティックツリー」とでも呼ぶべきではないでしょうか。実際,『問題解決プロフェッショナル─思考と技術─』(斎藤, 1997, p.82-)でも,「痩せるための解決策策定」という事例では,「ロジックツリー」を作った後に,それをたたき台にブレインストーミングをした*4という事例が紹介されています。

要は,フレームワークブレインストーミングなどを駆使し,ツリー状に整理しながら,ありうる解決策を幅広く洗い出す,というのがこの段階でやるべきことのキモなのであって,そこに求めているのは「論理性」とはいえないでしょう。

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ということで,ロジックツリーといっても実は「ダブリなし」は必須ではなく,解決策策定に当たっては「モレなし」も必須ではない,というのが大まかなまとめになりますが,私がみたビジネス系ロジシン本の多くでは,モレとダブリをセットにして,どちらも常に必須であるような書き方がされています。

そうではない本としては,前に紹介した斎藤(1997)の,「モレ→的外れ」「ダブリ→非効率」というものがありますが,もう一冊,モレやダブリに関してやや柔軟な記述がされている本があったので,紹介しておきます。

それは,『ロジカルシンキングのノウハウ・ドゥハウ』(野口, 2008)ロジカルシンキングのノウハウ・ドゥハウ (PHP文庫)です。この本では,原因整理・分析のツリーをWHYツリー,解決策整理のツリーをHOWツリー,全体の構成要素を明確にするツリーをWHATツリーと命名しています。これは今までの「原因探索,解決法探索」という2分法とは異なりますが,「原因」にせよ「解決」にせよ,網羅的なリストを作るのがWHATツリーで,仮説を探るのがWHY/HOWのようです。

これらとMECEについては,次のように述べられています。

  • 「モレなく」にこだわるのは,有形のものが対象の場合だ。〔中略〕無形のものを対象にした場合は,「カタヨリなく,バランスよく」と,考えてもらった方がいい。あまりにも「モレ」にこだわると,時間のムダとなる。(pp.129-130)
  • WHATツリーは,後悔なきよう全体像を押さえることが目的なので,「モレなく,ダブリなく」が評価ポイントとなる(p.141)
  • しかし,WHY & HOWツリーは,モレ・ダブリという客観性よりも,実際にそのツリーを現場で動かす時に納得がいくか,がポイントになる。(p.141)

ここで述べられていることは,私が論じてきたことと一致・対応するわけではなさそうですが,ツリーにおいてMECEをどう位置付けるかについて,機械的に一律に考えていない点は好感が持てますし,実際のコンサルティングに携わる人たちが,両者の関係をどうとらえているかを知る上で興味深いと思いました。

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ということでこのシリーズは終わりです。十分に議論が尽くされているわけではないと思いますが,私なりに,ビジネス系ロジカルシンキングと論理学の関係について考えられたので,一応の満足は得られました。

*1:=原因探索+評価

*2:=解決策探索+評価

*3:それぞれ,ロジックツリーの2つの使い方(原因探索,解決策探索)を含んだものです

*4:結果として,「カロリー摂取を減らす」「カロリー消費を増やす」という一見MECEに見える解決策に加えて,脂肪吸引のような「体内の不要蓄積物を除去する」という第3のカテゴリーが見つかった