意思決定について(5)−プロセスとしての意思決定

すっかり間が空いてしまいました。この間に東日本大震災が起き*1,また私的にも大きな出来事がありました。が,そろそろ考えを続けていこうという気になりましたので書きます。

前回,「ビジネス系意思決定論と学術系意思決定論の違い」ということを書きました。実はこの点は,何となくそうかなあ,と感じはしたものの,でも本当にそういう理解でいいのかなあ,と整理できずに悶々としていました。

でも,『意思決定の技術』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部編 2006 ダイヤモンド社)を読んで,整理できたような気がしました。*2

意思決定の技術 (Harvard Business Review Anthology)

意思決定の技術 (Harvard Business Review Anthology)

この本は,『ハーバード・ビジネス・レビュー』というハーバード・ビジネススクールの機関誌に載せられた論考が8編載せられた本です。その中に,「プロセス重視の意思決定マネジメント」というものがありました。著者はハーバード・ビジネススクールの教授2名です。そこに,上記のような考え方が載っていて,得心した次第です。それと関わる記述を,導入部分から引用しておきましょう。

 経営者が,代替案に不足し,なおかつ現時点での選択が最良のものであるという確証を持たないまま,実際に意思決定を行うことは,日常茶飯事なのである。
 我々が数年間にわたって調査を続けた結果は,リーダーの意思決定に誤りがあったケースが大半を占めている。
 なぜか。一般的に,意思決定がイベント──独立した選択決定という一つの行為──としてとらえられているからだ。机に向かっている最中や,ミーティングで進行役を務めている時や,スプレッド・シートをにらんでいる間などの,ある一時点で意思決定は行われるものだと。
(中略)
 ところが,このようなやり方では,社会や組織といった,スケールの大きい観点を見落としがちになってしまう。しかもこれが最終的に,意思決定の成否を決定してしまうのだ。
 実際,意思決定というイベントは存在しない。意思決定とはプロセスで捉えられるものであり,週や月単位でなく,何年という年月にわたることすらある。
(中略)
 我々の調査結果では,意思決定に優れたリーダーと,そうでないリーダーの相違は顕著に表れていた。前者は,意思決定をプロセスの視点で捉え,それに合わせて明確にプロセスを設計して,マネジメントする。一方,後者の場合,意思決定とは,独自にコントロールできるイベントであるとの空想をぬぐい切れていない。(pp.3-4)

「意思決定は一時点でのイベントではなく,プロセスである」ということです。なるほど,という感じがします。ただしここでいうプロセスが具体的に何を指すのかは,本論考では明確に述べられていません。

そこでここからは私見なのですが,筆者らが述べているプロセスには2つのものがあるように思います。一つは,「意思決定前後を含めた長期プロセス」です。意思決定前の「問題発見」や「目的・目標設定」から始まり,決定後の実行や修正・再決定なども含めた長期のプロセスです。そう考えたのは,上記引用でも週・月・年のことが書かれていますので。また,上記引用では省略した部分に「組織の歴史」のことが書かれていたり「実行時のサポート」のことが書かれていることから,意思決定前後の相当広い範囲のことを言っているんだろうなと思いました。そして,ビジネス系意思決定(『意思決定入門』,KT法など)から受ける「プロセス重視」のことは,上記引用の記述によって腑に落ちた,という次第です。

ただし本論考では実は,そういう長期プロセスの話が重視されているわけではありません。そうではなく,「会議の場での討議・決定プロセス」が重視されています。これは基本的には1日のうちの数時間の話でしょうから,上の「意思決定前後を含めた長期プロセス」とは別の話だろうと思います。そしてこの論考では,導入以降の25ページの間,基本的に,会議での話し合いによる意思決定について書かれています。

筆者らは,そのような場での意思決定には,次の2つのアプローチがあると述べています。

  • 主張型(競争による問題解決)……競合する者同士の力試しによって,優れた解決策が生まれるとの前提に立つ(p.7)
  • 探求型(共同作業による問題解決)……当事者同士が競い合うのではなく,アイデアの純粋な力試しが,完璧な解決策を生むという前提によって支えられている(p.8)

主張型は「競争」ですから,他人を説得し,自分を防御するために議論がなされます。それに対して探求型は,「共同」(協同)で代替案をオープンに考え,建設的批判を受け入れ,バランスの取れた議論を通して案を検証し評価するという形で,最善策に向けて共同作業が進められます。

この2つのアプローチが本論考では一覧表で比較されているのですが,「参加者の役割」の欄が私にとっては興味深いものでした。主張型における参加者は「スポークスマン」です。それに対して探求型における参加者は「クリティカル・シンカー」だというのです。そこと関わる記述を引用しておきます。

探求型のプロセスにおいては,意見の相違を抑制せず,クリティカル・シンキング(論理的思考)を促す。参加者だれもが,自由に代替案を提案し,いったん議場に挙がった意見に対しては,厳しい質問をぶつけてもかまわない。(p.8)

そのためには,建設的対立(感情的でない対立)を奨励し,意思決定プロセスの公正さを保証し,隠れた不満や少数意見を議論に活かしつつも適切なタイミングで議論を終了させる必要があります。

また,意思決定の成否は最終的には実行結果を見ないと何とも言えないわけですが,しかしプロセスを次のような観点で見ることで,ある程度の評価が可能と述べています。

  • 代替案が豊富にある
  • 前提事項が検証されている
  • 基準の定義が確立している
  • 反対意見が出され,議論がそれに続く
  • 公正さが認知されている

これも納得ですね。そして,ここで論じられている探求型の意思決定とは,最近たとえば「会議ファシリテーション」とか「合意形成型会議」と言われているようなものといえそうです。そういったものを,「プロセスの意思決定」として見直せたという意味でも,またその中でのクリティカル・シンキング(批判的思考)の役割が見えたという点でも,興味深い論考でした。

なおこれ以外の論考も,半分以上は興味深いものでした。たとえば「直観」を元に問題を再定義した事例が紹介されていたり*3,組織の実行力を高めるための「対話」の重要性について書かれていたり,決定後の試行錯誤について「自在流意思決定」という言葉で語られていたり,となかなか示唆を受けることの多い本だったと思います。

*1:個人的に直接の影響はないのですが,なんだか気が落ち着かず……

*2:それでこの一連エントリーを書く気になったのです

*3:私からするとこの事例は,直観の重要性というよりは,「現場で対話することの重要性だと思うのですが