意思決定について(6)−建設的な対立と合意を生み出す

前回,「探求型の意思決定」を紹介しましたが,ではそれは具体的にはどのように行えばいいのでしょう。そのことについては,『決断の本質』にありましたので紹介します。なおこの本は,たまたまアマゾンで買ったのですが,著者は,前回紹介した「プロセス重視の意思決定マネジメント」を書いた人でした。内容はとても素晴らしく,もし私が意思決定関連本を誰かに1冊だけ紹介するとしたら,迷わず本書を紹介したいと思います。それぐらい素晴らしい本でした。

決断の本質 プロセス志向の意思決定マネジメント (ウォートン経営戦略シリーズ)

決断の本質 プロセス志向の意思決定マネジメント (ウォートン経営戦略シリーズ)

まずはこの本の概要からまとめておきましょう。この本で目指されている意思決定は,次のようなものです。

 私は本書で,意思決定プロセスの質を高めるためにリーダーは二つの方法を用いるべきだと提言する。
 まず,リーダーは批判的かつ発展的な思考のレベルを高めるために,建設的な意見の対立を助成すると同時に,決定事項を適切なタイミングで効果的に実行させるためのコンセンサスを築かなければならない。(p.17)

すなわち,

  • 「批判的」かつ「発展的」な思考のレベルを高めること
  • そのための「意見の対立」の奨励と「コンセンサス」の形成

ということで,以下,意見の対立とコンセンサスについて述べられています。

 まずは「建設的な意見の対立」です。これを実現するのはなかなか難しいわけですが,それは,「率直な対話を妨げる壁」が存在するからだといいます。その壁には,構造的,組織レベルの壁と,組織文化に根付いた,人々の考え方や常識レベルの壁があります。
 前者は,組織構造を単純にし,役割を明確にし,情報が自由に流れやすくすることで壊すことができます。
 後者を壊すには,要するに自分たちの持っている前提や常識を相対化でき,そこから自由になれるような手だてが必要です。たとえば他人の立場に立つよう求めるロールプレイ,将来をシミュレーションするシナリオ分析,「悪魔の代弁者」を置くなどの方法があり,状況や人によってどれが効果的かは異なります。
 そして,そのようにして生じた対立を建設的なものにするために,討議前にはルールや役割を明らかにしておき,討議中には自分の意見に固執するようなメンバーのものの見方を変えるような働きかけが必要となります。そのためには「好奇心を全面に出した質問」が有効だといいます*1。また討議後には,反省を促して教訓を得ることが大事です。

 次に「コンセンサス」です。これもなかなか難しいわけですが,それを阻害する文化として「イエスの文化」「ノーの文化」「おそらくの文化」が紹介されています。
 イエスの文化というのは,会議の場では案にも言わないため,一見コンセンサスが取れたように見えますが,しかしそれはうわべだけにすぎず,会議室を出ると懸念や反対を表明して決定を覆す,という文化です。
 ノーの文化とは,事あるごとに反対意見を述べる人がいてコンセンサスに至らないという文化です。そうするのは,「肯定的な意見を述べるよりも批判を展開するほうが,自分の知性に対する他人の印象を強められる」(p.209)からのようです。これは一見,悪魔の代弁者に似ていますが,率直で建設的な対話が妨げられるという意味で,別物です*2
 おそらくの文化は,て意思決定プロセスの進行が遅くなってでも,膨大なデータを集めて分析をし,さまざまな事態を検討しようとする文化です。
 そうならないためには,第一に,意思決定プロセスが公正なものだと人々が感じている必要があります。公正な意思決定とは,自分の意見を述べたり話し合ったりする機会が十分にあり,裏工作などがなくプロセスが透明であり,リーダーが意見を注意深く聞いて慎重に検討してくれたと思え,最終決定の根拠が明快に理解できる意思決定です。一言で言うと,リーダーが「他人の意見を本当に尊重している姿勢をはっきりと見せること」(p.235)です。
 また,意思決定プロセスとしては,複雑な問題を小さな問題に分割し,その途上,随所で中間的な合意をつくりあげ,それを積み重ねることで最終合意に至ることが有効なようです。すなわち,討論と着地点の発見が交互に行う(p.271)わけです。そうすることで,小さな成功が得られ,対立関係の中にも共通の利害があることに気づき,協調関係を作るのに役立つからです。

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 さて,本書の要点を整理するのにけっこうなスペースを使ってしまいましたが*3,ここで一つ,本書を通して私が考えたことを書いておきましょう。
 前回,「主張型の意思決定」と「探求型の意思決定」の2つがある,と『意思決定の技術』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部編 2006 ダイヤモンド社)にあることを紹介しました。が,本書を読むと,この2つだけではないんじゃないの?という気がしました。
 そのことを考えているうちに,本書の冒頭にあった「「批判的」かつ「発展的」な思考のレベルを高める」という記述が,この点を理解する上で役立つ気がしました。ただし,「発展的」というのは「建設的」と言った方がよさそうに思いましたので,批判的(あり・なし)×建設的(あり・なし)というマトリックスを考えてみました。

建設的 非建設的
批判的
無批判的

 こうやってみたとき,探求型の意思決定はAです(批判的かつ建設的)。主張型の意思決定はBです(批判的だが建設的ではない)。上述の「ノーの文化」「おそらくの文化」もここに入りますね。「イエスの文化」も,後で決定が覆るのであればここでしょう*4
ではC(建設的だが無批判的)は何か。まあこれは,「建設的」という語をどう定義するかにもよりますが,「どういう形であれ結論が出ること」とみなすなら,対立のない意思決定ということになるかと思います。対して議論することなく,形式だけ会議を開いて予定の結論でさっさと済んでしまうような意思決定でしょうか。
Dは,批判もなく建設的でもない(結論が出ない)ということなので,これに当たるものはないかもしれません。
 このように意思決定のあり方を3つに類型化したうえで,BやCに陥ることなくAを目指すのが探求型の意思決定だとすると,なるほど確かに難しいことだといえますし,しかしリーダーが適切に働きかけ,組織の文化や個人の考え方の変容を促しながら適切な意思決定プロセスに導いていくということは,おそらく実りの多い,やりがいのあることなのだろうと思います。
 なお筆者はハーバード・ビジネススクールで教えているわけですが,ビジネススクールにおけるケーススタディでも目指しているところは一緒で,答えを教えるのではなく,クラスの中で意見の対立を生みだし,中間合意を積み重ねて最終的な原則や仮説を皆のコンセンサスのもとに作り上げていくのだそうです。このくだりを読んだときはちょっと感動しました。

*1:「よく理解できないところがあるので教えてほしい」というものから,「なぜあなたがそう考えるのか教えてほしい」「もしこの前提が間違っていると分かればどうなるか」「もしあなたが私の立場であればどうするか」といったものまで紹介されています

*2:とは言っても,その手の発言が出されている瞬間には区別はつかないケースも少なくないのではないかと思いますが

*3:それは,「建設的な対立」も「うわべではないコンセンサス」も,得るのが容易ではないからということでしょう

*4:覆らないで黙っているだけというのであれば次のCでしょうね