アクティブ・ラーニングと批判的思考教育

 今日,たまたま「アクティブ・ラーニング」という語に出会いました。早速検索してみたところ,溝上(2007)*1という,大学における実践を概観した論文がありました。それを読んで,批判的思考教育と関連させて考えたことをメモ書き的に書いておきます。

まず,アクティブ・ラーニングを,溝上は次のように定義しています。

学生自らの思考を促す能動的な学習(p.271)

これは,ゆるやかに最広義で定義されたもので,学生参加型授業や協調/協同学習や課題解決/探求学習や能動的学習やPBLと呼ばれるものが含まれています。まずはこれを見る限り,ここには批判的思考の育成を目的とした教育も含まれそうですし,ひょっとしたらアクティブ・ラーニング的な授業のなかの少なからぬものは,「批判的思考教育」的なもの(あるいはそのヒントが得られるもの)でありそうです。

溝上はCiNiiを使ってアクティブ・ラーニング的な授業について書かれた72本の論文を元に,本論文を書いています。まずは分野別の傾向を見ていますが,実践的専門家養成の医歯薬系と工学系,それに教育学と一般教養に多く見られるようです。

授業形態別では,「講義型授業」と「演習型授業」に大別されます。私はこのうち,講義型授業におけるアクティブ・ラーニング(というか批判的思考教育)に興味があるのですが,これについては,次のように書かれています。

  • 講義型授業で学生たちにアクティブ・ラーニングをさせようとする場合、全般的に授業終了間際にコメント・質問を書かせるものが多く見られる。そして、学生のそのような学習の質を高める工夫としては、オーソドックスではあるが、教員がコメントをフィードバックしたりいくつかの質問を次の授業冒頭で取り上げて解説したりするものが多い。

なるほど,講義型の場合,アクティブ・ラーニングといっても,授業終了間際に何かを書かせる(程度の)ものが多いんですね。これはちょっとがっかりな印象ですね。
また,この文に対する注釈として,次のように書かれています。

講義型授業で学生からコメントや感想を出させてそれをフィードバックする取り組みは、織田(1991)の「大福帳」や田中(1997)の「何でも帳」、田中(1999)の「質問書方式」、藤田・溝上(2001)の「授業通信」など 10年以上前からかなり取り組まれており、昨今の取り組みはその部分的改善、web 上でのシステム開発などに力点が置かれている。取り組みの本質はさほど変わっていないという印象を受ける。

確かに,以前からあるものに対する部分的改善ということであれば,「取り組みの本質はさほど変わっていない」というややがっかり的な印象になります。

ということで,本論文で,講義型アクティブ・ラーニングはまだ発展途上ということが分かりました。講義型アクティブ・ラーニングということは,まず講義対象となるような内容(心理学概論とか,経済学原論とか)があって,それを「能動的」な形で学ぶということになるでしょう。これは,批判的思考教育について分類しているEnnis(1989)*2の言い方でいうなら,インフュージョン・アプローチ*3やイマージョン・アプローチ*4による教育ということになるでしょうか。そして,大福帳や質問書方式のような,授業終了間際に書かせるやり方は,このどちらでもないといえます。ということは,このようなやり方ではない形での講義型アクティブ・ラーニングがありうるということです。

その一つのやり方は,宇田(2005)*5の当日ブリーフレポート方式かもしれません。また私が,道田(2008)*6で報告しているような方式の授業*7もこれに入れられるかも知れません。

これらにしても,批判的思考を明確に育成しているというわけではないので,講義型でアクティブに学ぶなかで批判的思考が高まるような授業というのは,今後も検討し開発していく必要がありそうです。

*1:溝上慎一 (2007) アクティブ・ラーニング導入の実践的課題. 名古屋高等教育研究, 7, 269-287.

*2:Ennis, R. H. (1989). Critical thinking and subject specificity: Clarification and needed research. Educational Researcher, 18, 4-10.

*3:思考の一般原則を明示しつつ特定の内容を教育すること

*4:思考の一般原則を明示することなく,「考える」やり方で特定の内容を教育すること

*5:宇田 光 (2005) 大学講義の改革―BRD方式の提案 北大路書房

*6:道田泰司 (2008) 大講義中の小グループでの話し合いにおける学び 日本教育心理学会第50回総会論文集, 189.

*7:とりあえず私は「考えさせて教える授業」などと読んでいますが,問いを出し,教科書の該当箇所を読んで小グループで結論を作ってから講義を受けるというスタイルの授業です