質的分析のワークショップ

週末,土曜日の丸1日と日曜日の午前を使って,SCATという質的分析のワークショップに参加してきました(開発者のページ)。講師は開発者である大谷先生。受けながら,いろいろなことを考えましたので,メモ風に記しておきたいと思います*1

私がこの手法に期待したのは,次の部分でした。

  • この手法は,一つだけのケースのデータやアンケートの自由記述欄などの,比較的小規模の質的データの分析にも有効である.また,明示的で定式的な手続きを有するため,初学者にも着手しやすい.
  • SCAT は,その壁の高さを数段階のスモールステップに分ける一種の「はしご」を用意して,比較的容易にその壁を超えさせるような,言語的分析活動の支援の仕組みを,その手続きに内包している.

(大谷,2011)〔機関リポジトリの該当ページ

小規模データにも有効/明示的な手続き/初学者も着手しやすい/スモールステップ,といいことずくめで,さっそく学生の研究にも,自分の研究にも使おうと思いました。

ところがワークショップに参加したところ,驚いたことに,「SCATワークショップ2回目」の人がいたり,「SCATですでに研究をしている人」がいました*2。「どうして?」と思って聞くと,「難しいから」とのことでした。「え? 『初学者にも着手しやすい』んじゃないの...?」と思いました。大げさにいうなら,目の前が真っ暗になった瞬間でした。

ワークショップは,冒頭で先生が1時間ちょっと概要を説明され,あとは4〜5人のグループに分かれて,実際に分析をしてみる,というものでした。幸いなことに私のグループには,すでに1度SCATのワークショップを受けたことのある人がいました。進めながら,皆で悩むことも多かったのですが,その人のおかげで,五里霧中に陥るということはなく,ギリギリ時間内に分析を終わらせることができました(とはいえ,初日は5時終了のところを,7時前までやったりしたのですが)。

この最中に印象的だったのは,「SCATワークショップ2回目」の人が,こういうやり方をしていいか,と先生に聞いて,「ダメ」と言われたりしていたところでした。しかもそれは事前に読んでいた(当日も参照していた)3つの論文には書かれていなかったことで,うーん,大谷先生の論文を読むだけではSCATはできないのか,と暗い気持ちになりました(「明示的で定式的な手続き」とあるのに……)。

こういった経験をしつつ,2日間終わって考えたのは,「この分析手続きには3つの層がある」というものでした。

(1)作法としての手続き

    • 「型としての」と言ってもいいかもしれません

(2)スモールステップとしての手続き

    • 難しいと言われる質的分析をやりやすくするための手続き,ということです

(3)目的達成のための手続き

    • これは,(3a)結果を得るための手続き, (3b)よりよい結果を得るための手続き,と分けても良さそうです

もちろんこれらは,かなりの部分重なることでしょうし,本来は*3目的達成のためにスモールステップで分析を行うための作法」を目指しているでしょう。しかし,100%重なっているわけではないと感じました。ある手続きが入ることで,やる人が「難しい」と感じるのであれば,上記(2)には属していないということになりますし,「この手続きって何のためにやるんだろう?」と感じる*4のであれば,少なくともその人には(3)との重なりが見えていないといえるかと思います*5

ちなみに私は冒頭,学生の研究に使おうと考えていると書きました。それはやる気満々なのですが,その際には,私なりに理解した(2)(3)を中心に進めていこうと考えています。それはひょっとしたら,開発者が想定するSCATそのものにはならないかもしれませんので*6,論文には「SCATを参考に分析した」と記述しようと思っています。それに何より,回数を重ねないことには,現時点では見えていない各種作法の意味も,見えてこないと思うのです(「意味が見える」場合も「やっぱりあまり意味がない」と思う場合もありうるでしょうね)。

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この手法は大まかには,次のステップで分析を進めます(大谷(2011)をもとにしつつ,ワークショップで理解したことも含めつつ作りました)。

  • テクストの記入
    • テキストデータをセグメント化してエクセルのセルに記入する
  • <1> データの中の着目すべき語句 の書き出し(=抜き書き)
    • 「語句」とありますが,大谷(2011)を見る限り,「文」でも構わないようです*7
  • <2> それを言いかえるためのデータ外の語句 の記入
  • <3> それを説明するための語句 の記入
    • 開発者のページの「SCAT の tips と pitfalls」に「メタファーやモデルを用いるとよい」「既存の専門的概念の構造を参考にする」とあるのは,明確には書かれていないが,おそらくここのことだろうと思います。なおメタファーや専門的概念の語は,大谷(2011)には出てきません*8
  • <4> そこから浮き上がるテーマ・構成概念 の記入
    • 目指すのは「オリジナルの概念」です。絶対に,ではありませんが

以上の4 ステップでコーディングが完了です。続いて,

  • <4>からストーリーラインを記述する
    • ストーイーラインとは,「データに記述されている出来事に潜在する意味や意義を,主に<4> に記述したテーマを紡ぎ合わせて書き表したもの」(大谷,2008)
  • そこから理論を記述する
    • 「ここでの理論とは,普遍的で一般的に通用する原理のようなものではなく,「このデータから言えること」である」(大谷, 2011)

先ほど,「スモールステップとしての手続き(難しいと言われる質的分析をやりやすくするための手続き)を中心に使いたい」と書きました*9。それに関わることで,論文に書かれていないけれどもワークショップで理解したことを,覚えている範囲で記しておきます。

  • <2>はパッパッとつける
  • ストーリーラインをイメージしながら<4>をつける
  • ストーリーラインを作るときは,<4>を並べ替えて分類したりなどする必要はない
  • 理論記述は,ストーリーラインを使って10分ぐらいで作る*10
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  • (これに加えて,一緒に来ていた大谷先生の所の院生さんは,「<3>は,少し遊んでみてもいい」と言っていました。もしそれが「気楽に」遊んでみてもいいという意味なのであれば*11,これもスモールステップの手続きとして入れられそうです)

これらが,「自分はそうしている」というだけの話なのか,「できるだけみんなもそうした方がいい」という話なのかは正確に覚えていませんが*12,これらがOKなのであれば,とても悩むべきは<2>から<3>を作る部分と<3>から<4>を作る部分なわけで,そこも,「こういう武器なしで素手で戦ったときに付けるであろうコードよりも多少なりともマシになりそうであればよしとする」と考えれば,明日からでも使える気がします。もちろん,「(3b)よりよい結果を得る」ことに終わりはないでしょうから,どこまでやればOKとか完璧,という線はないでしょうが,そこのところは,SCATを繰り返し使い,習熟していくなかで,目標を高めていけばいいと思っています(つまりここも,スモールステップで考えていこうと思っています)。

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最後に,この分析に関して気づいたことを書きます。上記の<1> → <2> → <3> → <4>はすべて,ある語句を別の語句に「書き換える」ということです。そうすることで,解釈を深め,より深層(内面)に迫り,概念を作っていくわけです。しかし書き換えるということは,発話者本人が使っていない語を持ち込むということであり,必然的に論理の飛躍が生じます。それは「真相に迫る」ことになるかもしれませんし,「無理筋の飛躍」になるかもしれません。このこと自体は,推論に必然的に伴う問題で*13,野矢(2001)*14は次のように述べています。
論理トレーニング101題

ある前提Aから,Aとは違うBを結論しなければならない。しかし,なぜ,AからAと異なるBが導けるのだろうか。ここに,論証のもつ力ときわどさがある。前提から結論へのジャンプの幅があまりにも小さいと,その論証は生産力を失う。他方,そのジャンプの幅があまりにも大きいと,論証は説得力を失う。そのバランスをとりながら,小さなジャンプを積み重ねて大きな距離をかせがなくてはならない。それが,論証である。
 それゆえ,論証の技術にとってもっとも重要なことは,前提から結論へのジャンプの幅をきちんと見切ることである。野矢(2001, p.79)

私の理解では,<1> → <2> → <3> → <4>の3回のジャンプにおいて用いられるのは,「自分の常識」「特定の専門分野における概念」「対象者の,他の箇所における発話や観察データ」あたりだろうと思います。
これを適切に行うのはどうしたらいいか,と質疑の時間に質問したところ「常識を持つ」,「上下をよく見る」ということでした。前者については,この返答からすると,「常識の有無」(多寡)という一次元的な意味で捉えられてしまったようです。しかし文化によって常識は異なりますし,この場合の文化は,国レベルの話だけでなく,地域や年齢,職業,所属コミュニティなど,大小様々なものを含み,どれが正しくどれが間違いかを一元的に決めることはできないはずです。また「常識」ということの性質上,他の可能性(他の常識)があることには気づかれにくいはずです。これはあらゆる質的分析(あるいは研究以外でも,他者の言葉を解釈すること全般)に関わる大きな問題です(私は考えを整理するのに時間がかかるので,これらのことをとっさに言えませんでしたが)。
ちなみに大谷(2008)には,「異なる分析者の分析結果は全く異なり得る」とあり,そのことはワークショップ内でも何回か触れられていました。それは詰まるところ,テクスト内容の解釈や分析(言い換え)に際して分析者が持ち込む「常識」が異なるため,ということができるかと思います。

さて,「常識を持つ」,「上下をよく見る」という返答ですが,これはまとめると「本人の努力次第」ということだと思います*15。ここから分かるのは,SCATの分析手続きの中に,「ジャンプの幅をきちんと見切る」(不適切なジャンプを阻止する)ための手続きは,明示的には含まれていないということでしょう。

またそれは同時に,ある人が論文などで,「SCATを用いてこのような概念を得た」と書いたとしても,その記述(と結論として得られた概念)だけからは,その概念が適切なものか*16,判断は難しいということです。SCATの表が論文中に載っていれば,それはある程度チェック可能かもしれません*17。表がなくても,最低限,元となった発話データがないと,何も言えないでしょうね。しかし,対象発話が多ければ,論文の紙幅の関係から,そうすることはあまり現実的ではありません。しかし第三者が,得られた結論の適切さを確認/再検討する余地がなければ,反証可能性がある*18とは言えません。

ではどうしたらいいのか。それに対して,少し考えていることはあるのですが,そのことは,学生の指導をしながら,あるいは自分でやってみながら,具体化してみたいと思っています。少しだけ書くなら,たとえばKJ法でもGTAでも,全ての元データを論文に載せはしないと思いますが,それなりに納得のいく論文になる場合とそうではない場合があります。そこら辺がヒントになるかなと思っています。

ともあれ,SCATの技法と思想を学び,また,さまざまなことを考えることのできた,有意義な2日間だったと思います。

*1:なお,その時にメモした配付資料は,今手元にありません(^^ゞ 開発者の論文は適宜参考にしながら書いています

*2:しかもはるばる県外から……

*3:あるいは理想的には

*4:あるいは,開発者が想定しているのとは異なるやり方をしてしまう

*5:本当に重なっていないかどうかはさておき

*6:あえて逸脱する,という意味ではありません。想定と合致しているかどうかは,現時点では開発者自身にしか分からない,という印象を受けました

*7:私はここの作業を,テキストデータにアンダーラインを引きながら進めたが,大谷(2008)には「テクストに下線を引くなどの加工はしない」と書かれている。ただしこの記述は大谷(2011)にはない。

*8:たぶん大谷(2008)にも

*9:もちろん目的はよりよい結果を得るためですし,そのために重要と思う作法からははみ出さないようにと思っています

*10:10分で出来ることは,ストーリーラインをセグメント化し,現在形にし,「こういう可能性がある/こういう人がいる/こういう場合がある」という,ある種の存在命題にすることでしょう。そうすれば「このデータから言えること」からはみ出すことはありません。

*11:そして開発者もこの考えに同意するなら

*12:私は後者のニュアンスで取りました

*13:純粋な形式的論理以外

*14:野矢茂樹 2001 論理トレーニング101題 産業図書

*15:もちろんこのまとめ自体,言い換えである以上,「無理筋の飛躍」である可能性は必然的に存在しますね(^_-)

*16:より受け入れられやすい他の解釈可能性がないかとか,そのテキストの他の箇所と矛盾していないか,など

*17:しかし現在,刊行されている論文のなかで,SCATの表が載せられているものは少ない,という話でした

*18:すなわち科学的である