強い意味の批判的思考

開かれた心と同じような概念に、Paulのいう「強い意味の批判的思考」(critical thinking in a strong sense)というものがあります。それがどういうものかを、道田(2005)*1をもとにまとめておきます。

強い意味の批判的思考を支える態度としてPaul(1992)*2は、次の7つを挙げています。

  1. 「知的謙遜」(intellectual humility)とは,自分の知識の限界に気づくことである。自分の素朴な自己中心性が自己欺瞞的に機能する状況に気づくことと,自分の視点にあるバイアスや偏見に気づくことが含まれる。
  2. 「知的勇気」(intellectual courage)とは,これまでにあまり厳密に考えてこなかったアイディア,信念,視点に,進んで公平に向き合い,評価すること。たとえ強い否定的な反応があるとしても。
  3. 「知的共感」(intellectual empathy)とは,他人を心から理解するために,自分自身を他人の位置に置くことを想像する必要性を認識すること。
  4. 「知的誠実(統合性)」(intellectual good faith (integrity))とは,自分自身の思考に対して誠実である必要性,自分が適用している知的規準が首尾一貫している必要性,証拠などに対して適用する厳格な規準を,敵対者に適用するのと同じように自分自身に適用する必要性を認識すること。
  5. 「知的忍耐」(intellectual perseverance)とは,困難や障害や欲求不満があっても,知的洞察と真実を進んで求めること。
  6. 「理性への信頼」(faith in reason)とは,自分自身の合理的能力の育成を通して,自分自身の結論に到達できるよう勇気づけることが,また自由に推論することが,長い目で見れば結局は,自分自身の高い興味や人間性という目的にかなう,という自信。
  7. 「知的正義感」(intellectual sense of justice)とは,進んですべての視点を同情的に受け入れ,同じ知的基準で,自分自身の感情や既得権,友人や社会や国家の感情や既得権を参照することなしに評価すること。

ここからまず第一に、これらが「開かれた心」(自分の視点に固執しない、さまざまな世界観に開かれていること)と同じもの、あるいは強く関連するものであることが確認できると思います。上の7つをさらに私なりにまとめるならば、次のようになるでしょうか。

  • 自分の視点があくまでも一つの視点に過ぎないことに気づくこと
  • 他者の視点に身を置いてそれを共感的に理解すること
  • たとえ自分の考えを否定することになるとしても両者を同じ規準で評価すること

強い意味の批判的思考とは反対の思考のあり方をPaulは、「弱い意味の批判的思考」(critical thinking in a weak sense)と呼んでいます。弱い意味の批判的思考をする人がどのような人なのかについて、Paul(1995)*3は次のように書いています。

  1. 「相手」に適用するのと同じ知的基準を自分自身に適用しない人
  2. 自分が同意しない視点や準拠枠に共感的に推論するやり方を学ばなかった人
  3. 単一論理的(monologically)に考える傾向のある人
  4. 批判的思考の価値を,言葉の上では信奉するが,本当の意味では受け取っていない人
  5. 批判的思考の知的技能を,選択的かつ自己欺瞞的につかうことにより,真理を犠牲にして自分に与えられた権利を助長し,守ろうとする人。他人の推論の欠点を見つけて論駁でき,自分自身の信念を,理由をつけて保持できる。

上記のうち「単一論理的」に関しては、述べようと思うといろいろあって長くなるのでここでは触れません。それ以外の記述を一言で要約するなら、自己欺瞞的、あるいは自己防衛的といえるのではないかと思います。あるいはPaulの言葉の中には、自己中心的・自文化中心的という表現もあります。それは批判的思考といいながら批判的思考の精神から外れている、批判的思考モドキでしかないといえそうです。

逆に、強い意味の批判的思考を一言で要約するならば、公正な、あるいは誠実な、でしょうか。「自己防衛的」に対する言葉として、私は「自己吟味的」な批判的思考と呼んだりします。ときとしてそれは難しいことかもしれませんが、大事なことだと思います。

*1:道田泰司 2005.02 強い意味の批判的思考に関する覚書 琉球大学教育学部紀要, 66, 75-91. http://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~michita/works/2005/kiyo0503.html

*2:Paul, R. W. (1992). Critical thinking: What, why, and how. New Directions for Community College, 77, 3-24.

*3:Paul, R. W. (1995). Critical thinking: How to prepare students for a rapidly changing world. Santa Rosa, CA: Foundation for Critical Thinking.