二重過程理論の中の批判的思考(5)
『心は遺伝子の論理で決まるのか』をまとめてきました。これに基づいて,スタノヴィッチの二重過程理論に批判的思考(クリティカルシンキング)がどう位置づけられているのかについて,考えてみました。
おさらいをすると,二重過程理論とは,並列分散処理を行うTASS(自律的システム群)と,直列的に単一のプロセスとして働く分析的システムの二重の過程を仮定する理論です。分析的システムの主な役目は,仮定的な状況を表象し,シミュレーションすることであり,TASSの不適切な反応を拒否(抑制)することといえるかと思います。
しかし,分析的システム=批判的思考ではありません。分析的システムそのものの能力が高いということは,人間の情報処理能力の高さ(演算容量の大きさや速度の速さ)と関係している,とスタノヴィッチは考えます。知能テストや各種アチーブメントテストで測られるのはこのような能力です。
それに対して,そのような知的能力を,ジャンクミームが生き延びるために駆動するのではなく,自分の欲望や信念が適切なものかを吟味すること,そしてそれに基づいて知的に考え判断すること,それが広い意味の合理性であり,(あまり明確な言葉では述べられていませんが)批判的思考ということのようです。
と,ここまでの話からすると,二重過程理論のなかで,合理性や批判的思考がどのように発揮されるか,というプロセスについての説明があるわけではなさそうです。ただ,合理的に,内省的に,自分の欲望を批判的に吟味することが大事,というような感じで位置づけられているのみです。
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もう一つだけ,本書を読んで批判的思考について考えたことを書いておきましょう。その批判的思考は何を基準として,どのように行われるか。とりあえずは,科学的,論理学的,確率論的ミームの力を借りるのがよさそうですが,それで終わるというわけではなく,反復的に吟味するノイラート的試みが不可欠,ということのようです。
私は,最近書いた本『最強のクリティカルシンキング・マップ』で,代表的なクリティカルシンキングとして,ビジネス系クリシン,論理学系クリシン,心理学系クリシン,哲学系クリシンについて論じました。
これらは,「ビジネス系クリシン=ビジネス系ツール(ロジックツリーとかフレームワークとか)を土台(足場)とする批判的吟味」,「論理学系クリシン=論理学的整合性を土台とする批判的吟味」,「心理学系クリシン=心理学的知識や心理学的方法論を土台とする批判的吟味」といえるかと思います。もっというなら,論理学系クリシンは論理学ミームに基づくクリシン,心理学系クリシンは心理学ミームに基づくクリシンといえるでしょう(ビジネス系クリシンも同様ですが,バックボーンとなる学問体系なりミームなりを措定しにくいので,ここからは外しています)。どれも基本ミーム自体は不動のものとみなされ,吟味の対象としないという点で,「ノイラート的」とはいえないかと思います。それに対して哲学系クリシは,哲学的態度という基本ミームを措定はするものの,「考え続けること」をよしとするという意味で,かなりノイラート的な感じのするもので,上の3つとはやや位置づけが異なるように思います。私の本でも先の3つ(ビジネス系,論理学系,心理学系)と哲学系クリシンは別の章に位置づけたのですが,この考えはあながち間違っていなかったのだなと思いました。
つまり,世にある各種クリティカルシンキングには,特定ミームを背景としたものと,特定ミームの点検も含み,考え続けることを旨とするものに大きく分けられるといえそうです。